READING GROUP RECORDS|意識と里山
一覧の要約はAIによるものです。各回の全文記録は下にあります。
出席者:信原、米倉、松村、染谷、岡田
・今回は「春」「[道べの粗朶に]」「饗宴」を読んだ。読む予定だった「[霧がひどくて手が凍えるな]は、時間切れのため、次回に回すことにした。
・「春」は、わずか五行の詩ながら、農民となった賢治の心象がどのようなものだったのだろうかをめぐって、いろんな意見が出た。とくに「ぎちぎちと鳴る 汚ない掌を、/おれはこれからもつことになるのだ」における「汚ない」について、いよいよ農民になることへの意気込みと自負を示すものとする解釈と、そうとばかりは言い切れない負の心情をも含むという解釈が出された。
・「[道べの粗朶に]」では、「陰気な幾十の部落」から「さっきするどく斜視し/あるいは嘲けりことばを避けた」という扱いを受けた賢治が、それでも「何がこんなにおろかしく/私の胸を鳴らすのだろう」と抑えきれない胸の高鳴りを覚えるというところに、深く感じさせるものがあった。
・「饗宴」は、村人と酒宴をともにしながらも、それに溶け込めない賢治の疎外された心情がよく伝わってくる詩であった。
・次回は、「[霧がひどくて手が凍えるな]」「煙」「[土も掘るだろう]」「開墾」「札幌市」を読む。
◆所感(信原)
「[道べの粗朶に]」で詠われた胸の高鳴りには、言いしれぬほど深い感銘を受ける。そこには、いったいどれほどの思いが詰まっているのであろうか。
この詩は、まず、「道べの粗朶に/何かなし立ちよってさわり」という何気ない句で始まるが、それに続けてすぐ、「け白い風にふり向けば/あちこち暗い家ぐねの杜と/花咲いたまま一面倒れ/黒雲に映える雨の稲」と、陰鬱な光景が描かれる。鬱蒼とした屋敷の森といっせいに倒れた稲。丹精込めて育てた稲の倒れた姿ほど、無念なものはあるまい。
稲が倒れてしまったせいか、「幾十の部落」の人々は「陰気な」眼差しで、賢治を「するどく斜視し/あるいは嘲けりことばを避けた」。賢治の指導で稲を育てても、稲は倒れてしまい、人々は賢治をあざけりたかったが、その言葉を飲み込んだ。そのような人々の鋭い視線に晒されて、賢治はいたたまれない思いであっただろう。
しかし、そうであるにもかかわらず、「何がこんなにおろかしく/私の胸を鳴らすのだろう」と賢治は詠う。いたたまれない思いを抱きつつも、賢治の胸は消沈するのではなく、高鳴るのだ。いったい何がそうさせるのか。「今朝このみちをひとすじいだいたのぞみも消え/いまはわずかに白くひらける東のそらも/ただそれだけのことである」。それなのに「なおもはげしく/いかにも立派な根拠か何かありそうに/胸の鳴るのはどうしてだろう」。胸が鳴る根拠は何もない。それでも「おろかしく」鳴るのだ。この根拠なき胸の高鳴りこそ、農民になろうと決めた賢治の思いの深さを表すものであろう。その尋常ならざる深さに感銘を受ける。
出席者:信原、米倉、松村、染谷、岡田
・今回は「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」「鬼言(幻聴)」「告別」を読んだ。
・「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」は、心象も含めて森羅万象を巻き込んで「まっしぐらに西の野原に奔けおりる/岩手軽便鉄道の/今日の終りの列車」を力強く詠う。それはまるで善も悪もすべて飲み込んだ荒ぶる生命のようだ。凄い詩だということで、一同、唸る。
・「鬼言(幻聴)」は、わずか四行の詩で、これだけだと、何のことかさっぱり分からなかったが、先行ヴァージョンでは、見てはならないものを見た罰が描かれているようで、それに照らして読めば、この詩の内容もよく分かり、「幻聴」と題される理由も得心がいった。それにしてもっ怖い詩だ。
・「告別」は、生徒に向けて言っているのか、それとも教師を辞めて農民になろうとする自分に向けて言い聞かせているのか、二通りの解釈が出たが、いずれにせよ、せっかくの才能が怠惰や世俗への埋没によって色褪せてしまうことへの戒めが述べられている詩だ。一見、よくある戒めのように思えるが、何か色褪せずに輝き続ける才能についての深い真理が述べられているのかどうかが少し問題になったが、はっきりしたことは分かずじまいだった。
・次回は、『春と修羅』第三集に入って、「春」「[道べの粗朶に]」「饗宴」「[霧がひどくて手が凍えるな]」を読む。
◆所感(信原)
「岩手軽便鉄道」はベルクソンの言う「生の躍動(エラン・ビタール)」を彷彿とさせる。いっさいのものを巻き込んで野原をかけおりる列車の姿は躍動する生命そのもののように思える。
まずは冒頭で、岩手軽便鉄道の今日の終列車が「ぎざぎざの斑糲岩の岨づたい」に、「膠質のつめたい波をながす/北上第七支流」の岸を「せわしく顫えたびたびひどくはねあがり」ながら、「まっしぐらに西の野原に奔けおりる」様子が鮮烈に描かれる。そして、この列車は、「ことさらにまぶしそうな眼つきをして/夏らしいラヴスィンをつくろうが/うつうつとしてイリドスミンの鉱床などを考えようが」、そんな人間の心象にはお構いなしに、かといってまったく無関心というわけでもなく、そのような心象の中をくぐり抜けながら、「木影もすべり/種山あたり雷の微塵をかがやかし」て、大自然の中を「ごうごう走っていく」。
心象も含めていっさいを巻き込んで走る列車の描写は、ここからさらにその激しさを増していく。「おおまつよいぐさの群落や/イリスの青い火のなかを/狂気のように踊りながら」、列車は「第三紀末の紅い巨礫層の截り割りでも/ディアラジットの崖みちでも」と地質学的な過去をも想起させながら、ひたすら走っていく。それは「一つや二つ岩が線路にこぼれていようと/積雲が灼けようと崩れようと」お構いなしだ。危険なものや恐ろしいものまで飲み込む凄さはもはや怪物的だ。
しかし、列車は「全線の終列車」であり、その凄まじさは「疾走」をはるか超えて「暴走」にまで達する。「シグナルもタブレットもあったもんでなく/とび乗りできないやつは乗せないし/とび降りぐらいやれないものは/もうどこまでも連れて行って/北極あたりの大避暑市でおろしたり/銀河の発電所や西のちぢれた鉛の鉱山あたり/ふしぎな仕事に案内したり」と、もう滅茶苦茶、波乱万丈の走りだ。「ふしぎな仕事」とはどんな仕事だろう。ちょっと背筋が寒くなる。
とはいえ、「暴走する」列車の描写にも、ちょっとしたユーモアが挟まれる。まずは「本社の西行各列車は/運行敢て軌道によらざれば/振動けだし常ならず」と脅す。列車が軌道によらずに走るなら、振動が尋常でないどころか、列車が脱線して転覆してしまうのではないかと恐ろしくなる。しかし、それに続いて、列車の尋常でない振動は「されどよく鬱血をもみさげ/⋯⋯Prrrr Pirr!⋯⋯/心肝をもみほごすが故に/のぼせ性こり性の人に効あり」と言われる。愉快だ。
詩の最後のほうでは、再びさまざまな心象を突き抜けながら野原をかけおりる列車の姿が描かれる。「そうだやっぱりイリドスミンや白金鉱区の目論見は/鉱染よりは砂鉱の方でたてるのだった/それともいちど阿原峠や江刺堺を洗ってみるか/いいやあっちは到底おれの根気の外だと考えようが」と仕事上の苦慮を挙げ、また「恋はやさし野べの花よ/一生わたくしはかわりませんと/騎士の誓約強いベースで鳴りひびこうが」と恋の心情を挙げ、そしてそれらを「そいつもこいつもみんな地塊の夏の泡」だと一括して、そんなことにお構いなく、列車はすべてを引き連れて、「いるかのように踊りながらはねあがりながら/もう積雲の焦げたトンネルも通り抜け/緑青を吐く松の林も/続々うしろへたたんでしまって」、そうして「なおいっしんに野原をさしてかけおりる」。
この現実の光景とも思えないような列車の疾駆する姿がじつに痛快だ。そしてしかし、最後はまるで現実に引き戻そうとするかのように、列車は「わが親愛なる布佐機関手が運転する/岩手軽便鉄道の/最後の下り列車である」と締めくくられる。凄い詩だ。
出席者:信原、米倉、松村、染谷
・今回は「[Largoや青い雲滃やながれ]」を読んだ。読む予定にしていた「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」「鬼言(幻聴)」「告別」は、時間切れのため、次回に回すことにした。
・「[Largoや青い雲滃やながれ]」は素晴らしい詩であった。どの点で素晴らしいかについては、参加者それぞれで感じるところに多少の違いがあったものの、とにかく素晴らしいという点では、全員の感想が一致した。賢治の心象世界のひとつの熟成した姿がここにあり、描かれたどの要素も互いに共鳴し合い、統合と調和を示しつつも、どの要素も全体の中に埋没しないで、それ固有の光と音を放っているような感じがする。とにかく素晴らしい。
・この詩に感嘆しつつも、全体の議論は、この詩に詠われた農作業の様子から話が展開して、当時の日本の農業政策のひどさに焦点を合わせたものとなった。賢治には「税務署長の冒険」という童話があるが、この童話のもとになった事件が1916年に秋田県であった。それは、密造酒摘発に怒った農民たちが税務署職員に暴行を加えたという猫ノ沢事件である。その当時、日本では、お酒の自家醸造が禁止されており、農家でも、自分でお酒を造って、それを飲むことができなかった。この話を紹介した参加者は、これはひどくないですかと怒りをこめて問いかけ、その怒りに触発されて、他の参加者も全員、「そうですね」と怒りを共有した。そして、そのような自家醸造を禁じる背景となっている資本主義の問題へと話は拡大していった。賢治は資本主義をどう見ていたのか。みずからは資本主義のもとでの裕福な家の生まれだが、その一方で、資本主義のもとで虐げられている農民への同情・憐憫を禁じえない。賢治は資本主義に抵抗したのか。この議論は、ほとんど「[Largoや青い雲滃やながれ]」をそっちのけにして四方八方へと拡散し、収束に向かうことはなかった。そこで、9月の合宿の夜の部で、「税務署長の冒険」などを題材にしながら、またとことん議論しようということで、とりあえず幕切れとなった。
・次回は、「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」「鬼言(幻聴)」「告別」を読む。
◆所感(信原)
「[Largoや青い雲滃やながれ]」は、光と陰が交錯しながらも、その全体を包む伸びやかな明るさがとても印象的だ。まず、冒頭は、「Largoや青い雲滃やながれ/かりんの花もほそぼそ暗く燃えたつころ」で始まる。薄紅色のかりんの花が「ほそぼそ暗く燃えたつ」というのが、陰影をはらんだ可憐さとでも言うべき深い味わいを感じさせてくれる。続いて、「延びあがるものあやしく曲り惑むもの/あるいは青い蘿をまとうもの」と詠われる。「あやしく曲り惑むもの」とはいったい何であろうか。定かには想像できなくても、何か異様なものの幻惑的な雰囲気が怪しげに伝わってくる。
次は風だ。「風が苗代の緑の氈と/はんの木の葉にささやけば」と詠われる。ここでは、風がささやくという表現がそよ風のもつやさしい力を存分に示しているようで、じつに清々しい。そして、それに呼応して「馬は水けむりをひからせ/こどもはマオリの呪神のように/小手をかざしてはねあがる」と詠われる。子供が小手をかざしてはねあがる姿が、ちょっとコミカルでほほえましい。風のささやきと呼応しているかと思うと、じつに趣深い。そしてまた風が詠われる。「・・・あまずっぱい風の脚/あまずっぱい風の呪言・・・」。もう言いようのない甘美な呪術的世界だ。
呪術的な呼応はつぎの何気ない描写にも感じられる。「かっこうひとつ啼きやめば/遠くではまたべつのかっこう」。かっこうの鳴き声も呼応し合う。これに続く「畦はたびらこきんぽうげ/また田植花くすんで赭いすいばの穂・・・」にも、畦と田の草花の呼応が感じられる。万物交感の世界だ。
このような呪術的な霊感は苛酷な労働に甘美な幻想をも産む。「つかれ切っては泥を一種の飴ともおもい/水をぬるんだ汁ともおもい/またたくさんの銅のランプが/畦で燃えるとかんがえながら/またひとまわりひとまわり/鉛のいろの代を掻く」。泥を水と思い、水を汁と思うというのは、疲労の極致にありながら、それゆえにこそ立ち現れてくる甘美な幻想を示している。しかし、けっして薬物による病的な幻想ではない。森羅万象が共鳴し合う世界において、疲労の極致におのずと立ち現れてくる幻想である。それはいわば実在が孕む幻想であり、それなくして実在がそのような実在ではありえないような幻想だ。
森羅万象の共鳴の世界はさらに続き、詩の最後は「湿って桐の花が咲き/そらの玉髄しずかに焦げて盛りあがる」と結ばれる。何という豊饒な世界であろうか。生命の輝きが、その陰も含めて、余すところなく描き出されている。まさに命の曼荼羅だ。
出席者:信原、米倉、松村、岡田
・今回は「未来圈からの影」と「朝餐」を読んだ。読む予定にしていた「[Largoや青い雲滔やながれ]」「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」「鬼言(幻聴)」「告別」は、時間切れのため、次回に回すことにした。
・「未来圈からの影」では、トシの死による喪失感をようやく乗り越えて、詩に力強さが戻ってきたように感じられるとの所感が出た。たしかにそうだ。この詩では、「影や恐ろしいけむりのなかから/蒼ざめてひとがよろよろあらわれる/それは未来圈からなげられた/戦慄すべきおれの影だ」と言われながらも、そこには恐怖におののくような響きはまったくない。戦慄すべき自分の姿に真っ向から対峙しようとする力強さが感じられる。
・「朝餐」は、じつに明るい伸びやかな詩だ。修羅の影がほとんど感じられないほどの明るさと軽やかさがある。しかも、焼いていたせんべいを「赤髪のこどもがそばから一枚くれという/人は腹ではくつくつわらい/顔はしかめてやぶけたやつを見附けてやった」と、コミカルな描写も入っている。このようなのどかな詩を味わいながらも、議論になったのは、賢治の新しもの好きについてであった。賢治には西洋かぶれかと言いたくなるような新しい舶来ものを好む傾向が強く見られる。この詩でも、せんべいのことを「白い小麦のパンケーキのおいしさよ」と言い、それを「競馬の馬がほうれん草をむさぼり食うように/アメリカ人がアスパラガスを喰うように/すきとおった風といっしょにむさぼりたべる/こんなのをこそspeisenとし云うべきだ」と言う。
・このような賢治の姿勢は、けっして西洋かぶれではなく、優れた西洋文明を素直に受け入れようとする柔軟な姿勢の現れであり、明治以降の日本の知識人に一般に見られる態度であろう。この点では、意見の一致を見た。しかし、個人主義についてはどうかという問題が提起された。明治以降の西洋文明の受容という点では、漱石に典型的に見られるように、西洋近代の個人主義をどう受け入れるかということが重大な問題であった。しかし、賢治にはそのような個人主義の問題に対する実存的な関心があまり見られないように思われる。賢治は『農民芸術概論綱要』で「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と言う。賢治はむしろ個人よりも他人や社会全体のほうを重んじているのではないか。この疑問については、賢治が世界全体の幸福をどう捉えているのかも含めて、今後の検討課題となった。
・次回は、「[Largoや青い雲滔やながれ]」「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」「鬼言(幻聴)」「告別」を読む。
◆所感(信原)
「未来圈からの影」は、これまで読んできた賢治の『春と修羅』の第一集と第二集の詩の中では、かなり異色な感じがする。冒頭でまず、「吹雪はひどいし/きょうもすさまじい落盤」と、炭坑か鉱山の落盤事故が今日も起こったことが告げられる。賢治も、このような工業社会の悲惨な出来事を詩にするのだ、と少し驚かされる。賢治は富裕な家に育ちながらも、農民や労働者のような貧しい人たちに対して厚い憐憫の情を抱いているが、そのような人たちの悲惨な境遇を描くことはあまりないように思われる。
また、賢治は、農民や労働者を搾取する富裕層に怒りをぶつけることもしないようにみえる。「未来圈からの影」でも、「影や恐ろしいけむりのなかから/蒼ざめてひとがよろよろあらわれる」と悲惨な光景が描かれるが、この描写に続くのは、「それは氷の未来圈からなげられた/戦慄すべきおのれの影だ」という二行である。つまり、自分の内面に眼が向けられる。自分のうちに潜む己の修羅の姿に視線が向くのだ。
賢治はつねに修羅を抱え、それを自覚しつつ、それに懊悩していたと思われるが、修羅を前面に出してあからさまに語ることはまれな気がする。修羅を出すにしても、たいていオブラートに包んで表現する。しかし、この詩では、それが剥き出しになっている。「戦慄すべき己の影だ」という表現は、まるで劇画の表現のような凄みを感じさせるが、それだけに、わざとらしい仰々しさも感じられる。賢治もこんな表現を用いるのか、と意外な感じがする。この点でも、本詩はやはり異色だ。
出席者:信原、米倉、松村、岡田、染谷
・今回は「旅程幻想」と「氷質の冗談」(pp.137-141)を読んだ。読む予定にしていた「風と反感」「未来圈からの影」「朝餐」「[Largoや青い雲滔やながれ]」は時間切れのため、次回に回すことにした。
・「旅程幻想」では、詩題の中の「幻想」が詩の中のどの部分を指しているのかが問題となり、そこからそもそも賢治にとって幻想とは何か、それは心象風景とどう関係するのかが問題となった。この詩の「幻想」はどの部分かに関しては、詩全体だという意見も出れば、そうではなく最後の2行(「何か知らない巨きな鳥が/かすかにごろごろ鳴いている」)だけだろうという意見など、いくつかの意見が出た。詩全体が幻想だとすると、賢治の詩は心象スケッチだから、幻想は心象風景とほとんど同じことになるだろう。しかし、そうではなく、心象風景の中に現実と幻想の区別があるはずだと考える者は、詩全体ではなく、その一部だけが幻想だという見方をとった。
・ただ、心象風景の中で現実と幻想が区別されているはずだという考えをとるにしても、賢治においては、現実と幻想は明確にくっきりと区別されているのではなく、むしろ地続きなのではないかという意見も出た。例えば「小岩井農場パート9」では幻想だとはっきり言われている箇所があるが、その幻想は現実と同じくらいの実在性をもち、現実と同じように当人の行動に影響を与える。現実と幻想は区別されていると言っても、それらはむしろ血続きなのではあるまいか。
・「氷質の冗談」は、「職員諸兄 学校がもう砂漠のなかに来ていますぞ」という書き出しで始まる軽妙洒脱な詩だ。詩題の中に「冗談」が含まれているとおり、全体に冗談ぽいコミカルな語りが続く。おそらく賢治の教師時代の学校の様子を知っている人には、これはあの人のことを言っているのだと思い当たる節がいろいろあり、くすくすと忍び笑いするような詩であろうという意見も出た。
・次回は、『春と修羅』第二集の最後まで、すなわち「未来圈からの影」「朝餐」「[Largoや青い雲滔やながれ]」「岩手軽便鉄道 七月(ジャズ)」「鬼言(幻聴)」「告別」を読むこととする。
◆所感(信原)
「氷質の冗談」には、仏教の経典に出てきそうな華やかな幻視的光景が後半に繰り広げられる。「もしわたくしがあなたの方の管長ならば/こんなときこそ布教使がたをみんな巨きな駱駝に乗せて/…/もうどこまでもだしてやります」と始まり、続いて「そんな砂漠の漂う大きな虚像のなかを/あるいはひとり/あるいは兵士や隊商連のなかまに入れて/熱く息づくらくだのせなの革嚢に/世界の辛苦を一杯につめ/極地の海に堅く封じて沈めることを命じます」と語る。世界の辛苦を極地の海に封じ込めるというのは、何とも壮大な語りだ。世界全体が一挙に浄められそうで、胸がすくような思いがする。
しかし、話はここで終わらない。続いてさらに、「そしたらたぶんそれ[極地の海に沈められた世界の辛苦]は強力な竜にかわって/地球いちめんはげしい雹を降らすでしょう」と語られる。世界の辛苦は竜に変わって、激しい雹を降らせる。世界は浄化されるどころか、もっと大きな災難に見舞われてしまいそうだ。
だが、もちろん話はまだ続く。「そのときわたくし管長は/東京の中本山の玻璃台にこうべ頂部だけをてかてか剃って/九条のけさをかけて立ち/二人の侍者に香炉と白い百合の花とをささげさせ/空を仰いでごくおもむろに竜をなだめる二行の迦陀をつくります」。竜をなだめる詩を作って、雹を降らすのを止めさせると言うのだ。そうすれば、世界は平静を取り戻すだろう。こうしてようやく、めでたい最後を迎える。だが、それにしても、頭を「てかてか」剃って、「九条のけさ」という最上位の袈裟をまとい、侍者に香炉と百合をささげさせるというのは、何ともコミカルでたいそうなお膳立てであり、もう面白いとしか言いようがない。世界の辛苦を問題にしている以上、このようなコミカルな描写の中にも、何か暗い深刻なものが渦巻いているのだろうと勘繰りたくなくるが、「氷質の冗談」という詩題が示唆するように、冗談としてただ明るく味わうのがよさそうだ。そうすれば、じつに痛快な幻視として楽しく享受できるように思われる。
出席者:信原、米倉、松村、岡田、染谷
・今回は「[夜の湿気と風がさびしくいりまじり]」「善鬼呪禁」「母に云う」(pp.131-136)を読んだ。読む予定にしていた「旅程幻想」と「氷質の冗談」は時間切れのため、次回に回すことにした。今回は、5月30日の岡田さんを囲むシンポジウムの打ち合わせを兼ねて、神田の貸会議室で行った。染谷さんはオンライン参加となったが、その他の出席者は会議室に集まった。
・「[夜の湿気と風がさびしくいりまじり]」では、「業の花びら」というキーワードが目を引いた。米倉はこれを星、ギリシャのイメージととらえた。一方で、松村は「業」という言葉にアフォーダンスを感じる。その後、岡田から、前の詩「産業組合青年会」との関連が指摘された。「産業組合青年会」では、石灰岩の山から石を切り出すことに対して、あざけるようなうつろな声で「神には神の身土があると」という老人の声と、青年会の近代的な農業のための開発を押す声が反響するが、賢治はそれらの声に対して両義的な視点をもつ。「[夜の湿気と風がさびしくいりまじり]」はこの両義的な視点を踏まえて読むべきだと岡田は言う。
・ここから、一般に詩はどう読むべきかという読み方の議論となり、信原から反照的均衡という概念が提示された。これはふつう直観と理論が食い違うときに、直観に合わせて理論を修正し、修正された理論に合わせて直観が変容し、この変容した直観に合わせて理論を修正し、等々の過程を経て、直観と理論が均衡する地点を目指すという学問の方法論を指すが、科学での観察と理論の相互調整の過程もそのような反照的均衡の一種と見なせる。詩の解釈にも、詩の直観的理解と詩が書かれた文脈や背景の知識との相互作用は、このような反照的均衡として捉えられるのではないかという指摘であった。
・その後、賢治のさびしさの話に展開してゆき、母木光宛ての手紙(1932/昭和7年6月21日付け)から次の引用が紹介された。「こんな世の中に心象スケッチなんといふものを、大衆めあてで決して書いてゐる次第でありません。全くさびしくてたまらず、美しいものがほしくてたまらず、ただ幾人かの完全な同感者から「あれはさうですね。」といふやうなことを、ぽつんと云はれる位がまずのぞみといふところです。」ここにも、賢治の両義的な在り方が「さびしさ」と「美しさ」の葛藤としてうかがえるが、信原からは賢治の両義性に関して、業即花びら、修羅即春という「即」の形で捉えるのがよいのではないかという考えが示された。
・「善鬼呪禁」では、真夜中まで田んぼで仕事をするという「罪深い」行いに励む若い農夫に行き過ぎた欲望を感じながら、「もういい加減区劃をつけて…ぐっすり睡るとしたらどうだ」と穏やかに心の声で語りかける。農夫とその疲れ果てた女房の厳しい生活を描きつつも、優しさが漂う詩であった。
・「母に云ふ」では、母に語りかける形で、小さな旅の光景が軽やかに述べられ、その中でびっくりした二人の子供やあわてて飛んできた若い農夫が少しコミカルに描かれる。そして最後には、母に甘えるように、「そして昼めしをまだたべません/どうか味噌漬けをだしてごはんをたべさしてください」と結ぶ。これは、こうだからこうです、というロードムービーであり、そんな感じのキャラ作りだとの明快な指摘がなされた。
◆所感(信原)
「善鬼呪禁」は、農民の生活がそれほど苛酷な労働をしなくても成り立つのかどうかを考えさせる重い主題の詩だ。ただし、この詩自体は、夜中まで働く農夫に、もう早く寝な、と軽やかに語りかけるような調子で書かれている。「なんぼあしたは木炭を荷馬車に山に積み/くらいうちから町へ出かけて行くたって/こんな月夜の夜なかすぎ/稲をがさがさ高いところにかけたりなんかしていると/…/どこからどんな苦情が来ないもんでない/…/だいいちそうら/そうら あんなに/苗代の水がおはぐろみたいに黒くなり/…/空も魚の眼玉に変り/いずれあんまり碌でもないことが/いくらもいくらも起こってくる」。夜中まで田んぼの仕事をしていると、近所から苦情が来るかもしれないし、碌でもないことがたくさん起こるだろうから、早く止めて寝ろ、というわけである。
さらに、この苛酷な労働は、農夫の過剰な欲望や大事な女房の酷使という点からも、非難めいた視線が向けられている。「おまえは底びかりする北ぞらの/天河石のところなんぞにうかびあがって/風をま喰う野原の慾とふたりづれ」と農夫は責められ、さらに「威張って稲をかけてるけれど/おまえのだいじな女房は/地べたでつかれて酸乳みたいにやわくなり/口をすぼめてよろよろしながら/丸太のさきに稲束をつけては/もひとつもひとつおまえへ送り届けている」と言われる。そして最後には、「もういい加減区劃りをつけてはねおりて/鳥が渡りをはじめるまでぐっすり睡るとしたらどうだ」と言うのだ。
この詩は、一見、働きすぎをやさしく諡めるだけの詩のようにもみえるが、その根底には、やはり苛酷な労働なしには農民の生活は成り立たないのだろうかという重い問いが流れているように思われる。農夫は大事な女房を酷使してまでも、何とかより多くの収入を得ようと慾にまみれているだけなのだろうか。いや、そうではなく、そうしないと生きていけないから、そうせざるをえないのではなかろうか。きっと農夫自身は、苛酷な労働をしないと生きていけないのだ、と言うだろう。
しかし、生きていけると思えるかどうかは、欲望に左右される。小さな欲望であれば、生きていけると思えても、大きな欲望のもとでは、そうは思えない。農夫は貪るような大きな欲望に支配されているのではないか。そう示唆しているように思える箇所がある。「どうせみんなの獲れない歳[日照りで米が獲れない年]を/逆に旱魃でみのった稲だ」。運よく実った稲だから、そう貪欲にならずに、余裕をもって扱え、というわけだ。そうできないのは、農夫が貪欲にとりつかれているからだ、というわけである。
たしかに、そうかもしれない。人間はたいてい貪欲にとりつかれており、欲望を少なくすれば、もっと生きやすくなる。しかし、それでも、農民の生活は貪欲ではなく、慎ましやかな欲望のもとでもなお苛酷なのではないかという疑問が残る。これは、そう簡単には決着しえない問題であるように思われる。
出席者:信原、米倉、松村、七沢
・今回は「[この森を通りぬければ]」「薤露青」「春」「秋と負債」「産業組合青年会」(pp.119-130)を読んだ。話が大いに盛り上がって、予定の二時間を大幅に超過することになった。
・「[この森を通りぬければ]」と「薤露青」では、静寂と華麗さが互いを引き立て合いながら、根底で深く結びついた重層性をなしていることが印象的であった。一方では、溢れんばかりの色彩や音響が描かれ、しかも「鳥がギラギラ鳴いている」に見られるように、騒々しいまでの鳥の鳴き声に強烈な色彩が埋め込まれている。しかし、他方で、そこにはずっしりとした内面の静寂がある。この「静謐な華やぎ」とでも言うべき対比的二重性が見事である。
・静寂と色彩の関係は、仏教の「色即是空 空即是色」を彷彿とさせる。法華経の信仰者であった賢治は仏教にも通じていたであろうから、そのような仏教的な存在観を背景にして、森羅万象を捉えていたのかもしれない。 色彩豊かな現象(色)は、その根源である寂滅(空)と一体であり、賢治の詩はこの両面性を常に保とうとしているようにみえる。それは、 悲しみや欲望(色)にまみれながらも、いっさいは無常(空)の観点から、それに執着せずに静かに受け入れる「執着なき煩悩」の境地とも言えるかもしれない。
・『春と修羅』の第一集と第二集では、色彩と静寂のバランスに変化が見られるように思われる。第一集では、 色彩が「凶暴」とも言えるほど強烈で、静けさは「修羅的」な暗さを抱えていた。しかし、
第二集では、色彩は豊かであるとはいえ、そこに「静けさ」が感じられるようになり、修羅的な部分が少し解けて、より「悟り」に近い、落ち着いた表現へと進化しているように感じられる。
・生き生きとした輝かしい「存在」(色彩)のなかに、妹という大切な人の「不在」(静寂)を際立たせるという手法も取られている。この存在と不在の二重性もまた、詩の豊かさを支えている思われる。
・このように、賢治の詩における「色彩」は、表面的な華やぎにとどまらず、その奥底にある「静寂」や「空」の世界を照らし出すための重要な要素となっていると言えよう。
◆所感(信原)
亡くなった妹への思いはなかなか収まらないとはいえ、かなり鎮まってきているようだ。「[この森を通りぬければ]」では、「ああ風が吹いてあたたかさや銀の分子/あらゆる四面体の感触を送り/蛍が一そう乱れて飛べば/鳥は雨よりしげくなき/わたくしは死んだ妹の声を林のはてのはてからきく」と詠われる。林の「はて」ではなく、「はてのはて」というところに強い印象を受ける。妹の声はもうそれほどまでに遠ざかっている。まだ聞こえるとはいえ、遠くの遠くからだ。
妹への思いが鎮まりつつあることは、これに続くつぎの3行からもよくうかがえる。「……それはもうそうでなくても/誰でも同じことなのだから/また新しく考え直すこともない……」。妹の死は賢治にとって途方もなく特別なことであったはずだが、時の流れはそのような賢治の痛切な思いをも解かしていき、「誰でも同じこと」として普遍化する。妹の死もまた人の死であり、特別なことではない。そのようにして賢治の思いは鎮まっていく。<いま、ここ>の<かけがえのない>死が<いつでも、どこでも>の<誰にでも起こる>死へと一般化していくことで、唯一無二の妹を失った無声慟哭の思いが鎮まっていくのだ。
「薤露青」でも、妹の声が周囲のざわめきの中に聞こえるさまが詠われる。「声のいい製糸場の工女たちが/わたくしをあざけるように歌って行けば/そのなかにわたしの亡くなった妹の声が/たしかに二つも入っている/……あの力いっぱいに/細い弱いのどからうたう女の声だ……」。自分をあざけるように歌う工女たちの声に入っている妹の声は、もはやかけがえのない妹を失った虚脱感をよびおこすようなものではない。生前の元気な妹の女の声として受け止めることのできる声だ。ここにも亡くなった妹への思いがようやく鎮まりつつあることがうかがえるように思われる。
出席者:信原、米倉、染谷、日渡
・今回は『春と修羅』の「[いま来た角に]」「曠原淑女」「馬」「牛」「鳥の遷移」(pp.110-118)を読んだ。
・「[いま来た角に]では、「そのくらがりの遠くの町で/床屋の鏡がただ青ざめて静まるころ」と、黄昏時の落ち着いた光景が物静かに描かれているが、突如「風……骨、青さ、/どこかで鈴が鳴っている」と「骨」が登場する。この「骨」とはいったい何なのだろう。この疑問は結局解消されなかったが、「骨」の突然の登場はじつに刺激的で、印象深かった。
・「曠原淑女」は、賢治にしては底抜けに明るい詩だった。「にわとこやぶのうしろから/二人のおんながのぼって来る/けらを着 粗い縄をまとい/萱草の花のようにわらいながら/ゆっくりふたりがすすんでくる」。笑いながら登ってくる二人の女の姿は、ぱっと心を明るくしてくれる。しかもさらに「鍬を二梃ただしくけらにしばりつけているので/曠原の淑女よ/あなたがたはウクライナの/舞手のように見える」と詠われる。鍬を二つけらに縛りつけた姿が、どうしてウクライナの舞手に見えるのか。ネットで鍬を二つ縛りつけた映像を見つけて、一同なるほどと頷いた。
・「馬」では、「いちにちいっぱいよもぎのなかにはたらいて/馬鈴薯のようにくさりかけた馬」が、晩が来て厩に帰ってから「高圧線にかかったように/にわかにばたばた云いだし」、そして「次の日冷たくなった」。その可哀想な馬の様子が淡々と描かれている。なぜそれほど淡々と描かれているのか。人々はけっして馬の死を悲しんでいないわけではなく、「みんなは松の林の裏へ/巨きな穴をこしらえて/馬の四つの脚をまげ/そこへそろそろおろしてやった/がっくり垂れた頭の上へ/ぼろぼろ土を落としてやって/みんなぼろぼろ泣いていた」と詠われる。おそらく農家の人々にとって、ともに暮らす馬の死はとても悲しい出来事だとはいえ、自然の摂理として静かに受け止められるのだろう。
・「牛」では、「馬」と同じ日の詩でありながら一転して、牛が機嫌よく遊んでいる様子が明るく描かれる。「うしろではパルプ工場の火照りが/夜なかの雲を焦がしているし/低い砂丘の向うでは/海がどんどん叩いている」。そのようななかで、エーシャ牛が「角で柵を叩いてあそんでいる」。可哀想な「馬」の詩と比べると、この明るく活発な光景は不思議にも感じられるが、これが農家の日常なのだろう。
・「鳥の遷移」では、「葱緑の天をわたって行く」鳥に、亡くなったいもうとの面影を重ねながら、鳥の飛んでいく様子が静かに描かれる。しかし後半になると、「鳥の形はもう見えず/いまわたくしのいもうとの/墓場の方で啼いている/……/鳥はいつかずっとうしろの/煉瓦工場の森にまわって啼いている/あるいはそれはべつのかっこうで/さっきのやつはまだくちはしをつぐんだまま/水を呑みたそうにしてそらを見あげながら/墓のうしろの松の木などに、/とまっているかもわからない」と詠われる。ここからは、いもうとに重ねた鳥が墓から去らないようにと願う賢治の切ない思いが伝わってくるかのように思われる。しかしそれは、もうかなり昇華されて、澄んだ思いになっているようだ。
・次回は「[この森を通りぬければ]」「薤露青」「春」「秋と負債」「産業組合青年会」(pp.119-130)を読む。
◆所感(信原)
「[いま来た角に]では、「すももが熟して落ちるように/おれも鉛筆をぽろっと落し/だまって風に溶けてしまおう」と言われ、そして睡りに入る。心地よい風はたしかに、溶けてしまいたくなるだろう。風に溶け、宇宙全体と一体化する。自分はいまここにいるのではなく、どこにでもおり、いつでもいる。時空を超越するわけではないが、時空に遍在する。小さな自我を離れて、四次元宇宙に広がる大きな自我となる。心地よい風は私をそのような存在へと誘う。「風に溶けてしまおう」と言うとき、賢治もまた、きっとそのような気持ちであっただろう。
睡りはしばらくして目覚めるが、風との融合は終わらないようだ。「どれぐらいいま睡ったろう/青い星がひとつきれいにすきとおって/雲はまるで蠟で鋳たようになっているし/落葉はみんな落した鳥の尾羽に見え/おれはまさしくどろの木の葉のようにふるえている」。どろの木の葉は風に抵抗することなく、風に吹かれるがままにふるえ、風に溶けている。睡りから覚めた賢治もまた、引き続き風に溶けているようだ。いずれ小さな自我に引き戻され、修羅の道をさまようのだろうが、心地よい風が吹くひと時くらいは、宇宙と一体となって至福のときを味わうのだろう。そんな束の間の春の境地が伝わってくる。
出席者:信原、米倉、染谷、松村、七沢、岡田、日渡
・今回は『春と修羅』の「休息」「烏」(pp.107-110)を読んだ。読む予定だった「[いま来た角に]」「曠原淑女」「馬」「牛」は、時間切れのため、次回に回すことにした。
・「休息」では、「古い戯曲の女主人公が/ひとりさびしくまことをちかう」と「女主人公」が登場してくるが、なぜ女主人公が出てくる必要があるのか、なぜ「まことをちかう」のに「ひとりさびしく」なのかという疑問を受けて、この詩の先駆形がどうなっているかという話になり、それを契機として、詩を味わうのに先駆形やその他の詩の諸々の付帯的な属性を参照する必要があるのか、詩はそれ自体として完結したものとして味わうほうがよいのではないかということをめぐって議論が起こり、さまざまな意見が出た。長い議論になり、意見が収束することはなかったが、互いに参考になったと思われる。
・「烏」では、「烏が一羽菫外線に灼けながら/その一本の異常に延びた心にとまって/ずいぶん古い水いろの夢をおもいだそうとあせっている」という箇所はいったい何を言っているのかという疑問が出され、さまざまな解釈が提起された。「その」は何を指すのか、「心」は誰の心か、そもそも精神という意味での心ではなく、物事の芯という意味での心(それゆえからまつの芯)ではないのか、なぜ「おもいだそうとあせっている」のか、たんに「おもいだす」ではいけないのか、と疑問は尽きなかったが、何かの解釈に収束して一件落着とはならず、それぞれの思いを抱いてひとまず終息することとなった。
・次回は「[いま来た角に]」「曠原淑女」「馬」「牛」「鳥の遷移」(pp.110-118)を読む。
◆所感(信原)
詩「休息」はどんな「休み」を詠っているのだろうか。「安らぎ」にほど遠いように思われる。「……さむくねむたいひるのやすみ……」と言われるが、「さむくねむたい」やすみというのは、いったいどんな休みなのか。「ねむたい」とよいとしても、「さむい」では休みにならないのではと思ってしまう。しかも、それに続けて、「そこには暗い乱積雲が/古い洞窟人類の/方向のないLibidoの像を/肖顔のようにいくつか掲げ」と描かれる。暗い乱積雲が方向のないLibidoの像を掲げるというのは、いささか穏やかならぬ雲行きを予感させる。休息とは正反対の波乱な雰囲気ではないか。
しかし、そのような暗い影を宿しつつも、詩全体は静かな自然の光に浸されているようにみえる。「……さむくねむたい光のなかで/古い戯曲の女主人公が/ひとりさびしくまことをちかう……」とうたったのに続いて、「氷と藍の東橄欖山地から/つめたい風が吹いてきて/つぎからつぎと水路をわたり」というふうに、澄明な自然の雄大な光景が描かれ、さらに続けて、「またあかしやの棘ある枝や/すがれの禾草を鳴らしたり/三本立ったよもぎの茎で/ふしぎな曲線を描いたりする」と、穏やかな心地よい小さな光景が描かれる。そして最後には「風を無数の光の点が浮き沈み/乱積雲の群像は/いまゆるやかに北へ流れる」と締めくくられる。こうなると、たしかに「休息」の感じがそこはかとなく伝わってきて、心安らぐ。
出席者:信原、米倉、染谷、松村
・今回は『春と修羅』第二集に入って「五輪峠(先駆形A)」「晴天恣意」「早春独白」(pp.97-106)を読んだ。
・「五輪峠」では、まず、「(五つの峯の峠ゆえ/五輪峠と呼ばれたり)」と言われているものの、実際には、五輪の塔があるので、五輪峠と呼ばれたようだということが推測された。この詩の中でも「五つでなく二っつだ/けれども五つというのもある/そいつがどこかの雪ぞらで/さめざめと蒼くひかっている」と言われており、いくつなのかは定かでないとされている。五輪の塔があるから、五輪峠と呼ばれ、そう呼ばれたから、五つの峯があると思う人が出てきたというのが実状ではないだろうか。
・また、「五輪峠」では、早春の北上の平野に降る雪がこう詠まれている。「雪がもうここにもどしどし降ってくる/塵のように灰のように降ってくる/つつじやならの灌木も/まっくろな温石いしも/みんないっしょにまだらになる」。ここで、どの程度の雪が降っているのかについて、ほぼ一面、銀世界になっているというイメージから、あちこちに雪があるだけで、雪に覆われていないところもまだまだたくさんあるというイメージまで、かなりいろいろなイメージが出てきた。読み手それぞれの心象風景でよいのであろう。
・「晴天恣意」では、冒頭で「つめたくうららかな蒼穹のはて/五輪峠の上のあたりに/白く巨きな仏頂体が立ちますと/数字につかれたわたしの眼は/ひとたびそれを異の空間の/高貴な塔とも愕きますが」と言われ、末尾では「そんなにもうるおいかがやく/碧瑠璃の天でありますので/いまやわたくしのまなこも冴え/ふたたび陰気な扉を排して/あのくしゃくしゃの数字の前に/かがみ込もうとしますのです」と言われる。賢治を疲れさせるこの「数字」とは何だろうか。賢治が教師だったことを考えると、成績だと言う者もいれば、成績なら、そこまで疲れないだろうから、これはやはり経理ではないか、いやいや賢治は田んぼに巻く石灰の肥料の量を計算したりしていたから、その数字ではないか、と言う者もいた。合意に至らなかったが、これもそれぞれの読みであろう。
・「早春独白」では、冒頭で「黒髪も濡れ荷縄もぬれて/ようやくあなたが車室に来れば」と詠われ、途中で「あの山岨のみぞれのみちを/あなたがひとり走ってきて」と詠われ、そして「みぞれにぬれてつつましやかにあなたが立てば/ひるの電燈は雪ぞらに燃え/ぼんやり曇る窓のこっちで/あなたは赤い捺染ネルの一きれを/エジプト風にかつぎにします」と詠われるが、この「あなた」とは誰なのか。男なのか、女なのか。当然、女だろうという見方が出た一方で、この「あなた」は「身丈にちかい木炭すごを/地蔵菩薩の龕かなにかのように負い」と言われているので、屈強な男ではないかという見方も出た。さらに「あなた」は妹のトシではないかという考えも出され、いやいやたまたま見かけた、淡い思いを抱かせる若い女だろうという異見も出された。ここでも、人によって読みはさまざまであった。
◆所感(信原)
賢治の詩には、根底に宗教的な情感が流れているように感じられることがよくあるが、「五輪峠」では、そのような情感だけでなく、宗教的な内容をはっきり含む箇所が見られた。「みちのくの/五輪峠に/雪がつみ/五つの峠に雪がつみ/その五の峯の松の下/地輪水輪また火風/空輪五輪の塔がたち/一の地輪を転ずれば/菩提のこころしりぞかず/四の風輪を転ずれば/菩薩こころに障碍なく/五の空輪を転ずれば/常楽我浄の影うつす/みちのくの/五輪峠に雪がつみ/五つの峠に…… 雪がつみ……」。また、「晴天恣意」でも、こう詠われる。「斯くてひとたびこの構成は/五輪の塔と称すべく/秘奥は二義あって/いまはその名もはばかるべき/高貴の塔でありますので/もしも誰かがその樹を伐り/あるいは塚をはたけにひらき/乃至はそこらであんまりひどくイリスの花をとりますと/こういう青く無風の日なか/見掛けはしずかに盛りあげられた/あの玉髄の八雲のなかに/夢幻に人は連れて行かれ/見えない数個の手によって/かがやくそらにまっさかさまにつるされて/槍でずぶずぶ刺されたり/頭や胸を圧し潰されて/醒めてははげしい病気になると/そうひとびとはいまも信じて恐れます」。
このような宗教的な内容は詩として詠うのにふさわしいものであろうか。それは説教臭いため、詩のような芸術的な美と相性が悪いのではないだろうか。宗教と詩はどんな関係にあるのだろうか。
賢治は法華経の信仰者となり、例えば「雨ニモマケズ」の詩にはっきり描かれているように、菩薩の道を歩むことを心から願った。法華経を紐解いてみると、そこには当然のことながら、宗教の教理的なことがらが詳細に延々と説かれているが、興味深いことに、散文で教理を説いたあと、それと同じ内容をほぼ略すことなく偈で表現している。そして偈での表現は、たんに偈であるがゆえに格調高いというだけでなく、教理の表現としてむしろ本来的ではないかと感じさせられる。つまり、宗教的な教理は偈という詩的形式でこそ、よりよく表現されるのだ。もちろん、宗教的教理は言葉を超えたものであり、いかなる言葉をもってしても完全には表現できないであろうが、それでも言葉で表現するとしたら、詩という形式がもっともふさわしいのではなかろうか。
今回の「五輪峠」と「晴天恣意」は、このような詩と宗教の関係ということについても、少し考えさせられた。
出席者:信原、米倉、染谷、七沢、松村
・今回は、10月10日と11日に山形県高畠町の「ゆうきの里さんさん」で合宿を行い、賢治の『農民芸術概論綱要』を読んだ。田園風景が広がる里山のなかのログハウスで行った合宿はとても楽しく、読書会の議論もおおいに盛り上がった。
・この合宿に先立って、前日の9日には、信原、米倉、松村、七沢の4名が福島県会津の自然農法の団体「無の会」を訪問し(染谷さんは仕事の都合で残念ながら参加できなかった)、若い人たちが豊かな自然のなかで自然農法の理念をかかげて行う農業を見学させてもらい、芋掘りや米俵の紐結びなどの体験もさせてもらった。コメがおいしいと聞いていたが、夕食と翌日の朝食は、本当にご飯と新鮮な野菜がおいしかった。
・無の会を訪問したメンバーは10日の昼頃に松村さんの車で会津から高畠町に移動し、そこで染谷さんと合流した。移動の途中で喜多方を通ったので、昼食に喜多方ラーメンを食べたが、こんなに安くてうまいなんて本当にいいのかと思うほど、安くておいしかった。
・10日の夕方に『農民芸術概論綱要』の前半を読み、11日の朝に後半を読んだ。この作品は、農民芸術という新たな芸術の理念を打ち立て、それを興隆させようとする賢治の気概がビシビシ伝わってくるじつに力強いものだった。「いま宗教家芸術家とは真善若くは美を独占し販るものである/われらに購うべき力もなく 又さるものを必要とせぬ/いまやわれらは新たに正しき道を行き われらの美をば創らねばならぬ」と高らかに宣言する。そして「職業芸術家は一度亡びねばならぬ」と言い放つ。
・では、賢治はどんな芸術を求めていたのだろうか。「農民芸術とは宇宙感情の 地人 個性と通ずる具体的なる表現である/…/そは常に実生活を肯定しこれを一層深化し高くせんとする」。農民芸術は、芸術である以上、もちろん美をその本質とするが、けっして芸術至上主義のように、美をその他のすべてのものから切り離して、ただひたすら美だけを求めようとするものではない。むしろ逆に、美を実生活と直結させ、実生活に美という魂を入れることで、それを高めようとするものである。
・このような賢治の新たな芸術への気概に、読書会のメンバー一同、深く心を打たれた。今から100年ほどまえの作品とはいえ、職業芸術に見られる芸術の堕落への痛烈な批判は、今日でもまったく同様に当てはまるのではないだろうか。賢治は芸術の制作にあたっては、「世界に対する大なる希願をまづ起せ/強く正しく生活せよ 苦難を避けず直進せよ」と言い、さらに「なべての悩みをたきぎと燃やし なべての心を心とせよ/風とゆききし 雲からエネルギーをとれ」と言う。まさにそのとおりだ。それこそ「まこと」の芸術だ。
・いくつかの箇所で読書会のメンバーの意見が対立し、かなり掘り下げた議論になったが、その一つとして、次の箇所がある。賢治は農民芸術について「無意識部から溢れるものでなければ多く無力か詐偽である」と言い、それに続けて「髪を長くしコーヒーを呑み空虚に待てる顔つきを見よ」と言う。この「髪を長くし…」は肯定的に語っているのか、それとも否定的か。「髪を長くしコーヒーを呑み空虚に待てる顔つき」というのは、髪の毛をだらしなく伸ばして、コーヒーを所在なく呑みながら、ぼけっとしている人の姿を想像させる。それゆえ、一見、否定的であるようにみえるが、本当にそうだろうか。むしろ、そのような顔つきこそ、無意識部から溢れるものをじっと待つ人の姿ではないだろうか。肯定派と否定派の双方から、あれこれ理由が挙げられたが、最終的にはきっと肯定的なのだろうということで落ち着いた。
◆所感(信原)
今日では、芸術鑑賞は芸術作品を深く心に受け止めて静かに感動することだと考えられている。それはけっして、作品に触れて自ずと身体を動かし、いわば踊り出すようなことではない。身体を動かさず、ただじっと心だけで味わう。つまり、作品は鑑賞者を何らかの行動へと導く「アフォーダンス」をもたないのだ。しかし、芸術鑑賞はそのような静的なものでよいのだろうか。それは作品に誘われて自ずと踊り出すようなものであるべきではないだろうか。それゆえ、作品は鑑賞をそのような身体運動へと導くアフォーダンスを備えているのではないだろうか。
『農民芸術概論綱要』のなかには、賢治もまた、少なくとも芸術鑑賞の一部を静的なものと考えているようにみえる箇所がある。「そ[農民芸術]は人生と自然とを不断の芸術写真とし尽くることなき詩歌とし/巨大な演劇舞踊として観照享受することを教える」と言い、また「批評の立場に破壊的創造的及観照的の三がある/破壊的批評は産者を奮ひ起たしめる/創造的批評は産者を暗示し指導する/…/観照的批評は完成された芸術に対して行はれる」と言う。この2箇所には「観照」という言葉が使われているが、この言葉はふつう行動を交えずにもっぱら物事の真のあり方を深く洞察することを意味する。それは純粋に認識的な働きであり、行動的な側面を含まない。賢治は芸術鑑賞をこのような意味での静的な観照と捉えているのだろうか。
どうもそうは思えない。他のいくつもの箇所からすると、むしろ賢治は農民芸術の鑑賞を作品によって悦ばしい農作業へと導かれるものとして捉えているように思われる。野良歌を聞くと、苦しい農作業が楽しいものに変わる。聞くだけでなく、自ら歌うと、さらにいっそう楽しくなる。芸術作品は悦ばしい労働を導き出すのだ。賢治は『農民芸術概論綱要』の「序論」の冒頭で「おれたちはみな農民である ずゐぶん忙しく仕事もつらい/もっと明るく生き生きと生活する道を見付けたい」と言う。そして次の「農民芸術の興隆」の末尾近くで「いまやわれらは新たに正しい道を行き われらの美をば創らねばならなぬ/芸術をもてあの灰色の労働を燃せ」と高らかに叫ぶ。このような箇所からすると、賢治は明らかに農民芸術の鑑賞をつらい仕事を楽しい仕事に変換する動的な働きをするものとして捉えていたように思われる。
では、なぜ「観照」という静的なイメージを喚起するような言葉を用いたのであろうか。賢治のなかにも、芸術作品はじっと静かに味わうものという一般的な見方がまだ残っていたのであろうか。それはいまのところ謎である。
ところで、『農民芸術概論綱要』の最後から二番目の「農民芸術の綜合」には、その冒頭に次の有名な一節がある。「まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばろう」。賢治は個人というものの価値をどう捉えていたのだろうか。個人よりも集団や宇宙のほうに重きを置いていたのだろうか。「序論」の次の言葉はそう思わせる。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない/自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する/この方向は古い聖者の踏みまた教えた道ではないか」。賢治が個と全体の関係をどう考えていたのかについては、また改めて考えてみたい。
出席者:信原、米倉、染谷、七沢、松村
・今回は「噴火湾(ノクターン)」「過去情炎」「冬と銀河ステーション」(pp.84-93)を読んだ。
・「噴火湾」は「青森挽歌」の10日後に書かれており、妹のとし子の死を受け止めきれない惑乱した思いを何とか鎮めようと北海道から樺太へと旅をしたときの帰路に書かれたもののようだ。旅の始めの頃に書かれた「青森挽歌」や「オホーツク挽歌」に比べると、かなり気持ちが鎮まってきたように思えるが、生涯の道連れと思っていたとし子に先立たれた喪失感はそう簡単に鎮まるものではなかったようだ。
・「噴火湾」では、「車室の軋り」が「栗鼠の軋り」とも表現され、詩全体を貫く基調音のように、何度も繰り返し挿入される。「(車室は軋みわたしはつかれて睡っている」、「栗鼠の軋りは水車の夜明け/大きなくるみの木のしただ」、「車室の軋りもいつかかすれ」、「(車室の軋りは天の楽音)」。ところで、「車室の軋り」というのはどんな音なのだろうか。電車のごとごと揺れる音なら馴染み深いが、そうでないとすれば、どんな音だろう。「車室の軋り」と表現されているので、文字通り、走る列車の車室が軋んで出る音なのだろう。しかし、それはどんな音なのか。「栗鼠の軋り」とも表現されているが、栗鼠はどんな軋る音を出すのだろうか。誰もあまり明確な答えを思いつかず、まあとにかく「車室の軋り」だということで、いったん棚上げにした。
・「過去情炎」は、多彩な視点の俊敏な切り替えと、恋人の象徴であろうアカシアへの身体的な交わり(「それに唇を充てる」)が印象的な詩だ。また、すべてが頼りない現象の世界であるがゆえの生の喜びもなかなか新鮮だ。「なにもかもみんなたよりなく/なにもかもみんなあてにならない/これらげんしょうのせかいのなかで/そのたよりない性質が/こんなきれいな露になったり/いじけた小さなまゆみの木を紅からやさしい月光いろまで豪奢な織物に染めたりする」。この喜びはいま現に感じている喜びではなく、すでに完了して静かに落ち着いたものとなった喜びだ。「そんならもうアカシアの木もほりとられたし/いまはまんぞくしてとうぐわをおき/わたしは待っていたこいびとにあうように/鷹揚にわらってその木のしたへゆくのだけれども/それはひとつの情炎だ/もう水いろの過去になっている」。水色の過去になった情炎というのは、じつに味わい深い。
・「冬と銀河ステーション」は、銀河軽便鉄道(花巻と釜石を結ぶ現在のJR釜石線)の土沢の冬の市日の賑わいを描きつつ、それと重ねてパッセン大街道(花巻と釜石を結ぶ「釜石街道」のこと)を、そして銀河軽便鉄道が走り抜けていく自然を明るく軽やかに詠む。「パッセン大街道のひのきから/しずくは燃えていちめんに降り/はねあがる青い枝や/紅玉やトパースまたいろいろのスペクトルや/もうまるで市場のような盛んな取引です」。明るく賑わいのある光景に心が踊り出すようだ。
◆所感(信原)
「噴火湾」の最後はこう結ばれる。「ああ何べん理智が教えても/私のさびしさはなおらない/私の感じないちがった空間に/いままでここにあった現象がうつる/それはあんまりさびしいことだ/(そのさびしいものを死というのだ)/たとえそのちがったきらびやかな空間で/とし子がしずかにわらおうと/わたくしのかなしみにいじけた感情は/どうしてもどこかにかくされたとし子をおもう」。とし子は賢治がそれまで感じることのできた空間から、死によって賢治が感じられない空間にうつる。この別のきらびやかな空間でとし子は静かに笑いながら無上道を歩む。賢治の理智はそう賢治に教える。だが、賢治のさびしさは消えない。その悲しいさびしさに歪んだ感情は、とし子が賢治の感じることができる空間になお隠されていると思わせる。
とし子はどこに隠されていると賢治は思うのだろうか。いま引用した箇所の直前で、こう詠われる。「駒ケ岳駒ケ岳/暗い金属の雲をかぶって立っている/そのまっくらな雲のなかに/とし子が隠されているかもしれない」。とし子はまだこの世界のまっくらな雲のなかに隠されているかもしれないと賢治は思うのだ。とし子がこの世を離れて無上道の世界に行ったと頭では思いながらも、道連れを失ったさびしさのゆえに、まだこの世のどこかにとし子がいるを思わざるをえない。これは「青森挽歌」のつぎの一節と相通じる心情のように思われる。「わたしたちが死んだといって泣いたあと/とし子はまだまだこの世かいのからだを感じ/ねつやいたみをはなれたほのかなねむりのなかで/ここでみるようなゆめをみていたかもしれない/…/ほんとうにその夢の中のひとくさりは/かん護とかなしみにつかれて睡っていた/おしげ子たちのあけがたのなかに/ぼんやりしてはいってきた」。
とし子の死への重層的な思いは、まさに春と修羅の重層性を生きる賢治の心情を正確に反映しているように思われる。
出席者:信原、米倉、染谷、七沢
・今回は、「青森挽歌」(pp.67-84)を読んだ。
・「青森挽歌」はかなり長い詩だが、妹のとし子の死をめぐる濃密な思いがじつに多彩な表現でもって吐露され、心を深く揺さぶられる。この多彩さの一つの側面は多視点性ではないかという意見が出た。たしかにそうだ。とし子の死という一つの現象がいくつもの視点から、しかもなかには葛藤し合う視点から、描かれている。とはいえ、これらの視点はおそらくすべて賢治自身の内面にある視点であろう。賢治がとし子の死について葛藤し合う複数の視点をもっているのだ。「《おいおい あの顔いろは少し青かったよ》」という声が発せられると、「だまっていろ/おれのいもうとの死顔が/真っ青だろうが黒かろうが/きさまにどう斯う云われるか/あいつはどこへ堕ちようと/もう極上道に属している/力にみちてそこを進むものは/どの空間にでもとびこんで行くのだ」と反発する。それでもまだ、「もひとつきかせてあげよう/ね じっさいね/あのときの眼は白かったよ/すぐ瞑りかねていたよ」という声がすると、「まだいっているのか」と怒る。このような多視点的な葛藤はすべて賢治自身の内面の葛藤であろう。
・「青森挽歌」はとし子の死から八ヶ月あまり経って、青森から北海道を通って樺太へ旅したときに書かれた。八ヶ月経っても、賢治はとし子の死をめぐるさまざまな思いを整理しきれずにいた。何度も繰り返し立ち現れてくるその苦しい思いを鎮めるために、賢治は青森から樺太への長い旅に出たのだ。「東北」は「逃北」とも書くとの指摘がなされたが、まさにそれは逃避行でもあっただろう。賢治の心は、しかしながら、この逃避・鎮魂の旅によって鎮まらなかったようだ。とし子について、一方では「やがてはそこに小さなプロペラのように/音をたてて飛んできたあたらしいともだちと/無心のとりのうたをうたいながら/たよりなくさまよって行ったろうか」と考えつつも、他方では「わたしはどうしてもそう思わない/…/どうしてわたくしはそうなのをそうと思わないのだろう」と鎮まらぬ思いを吐露する。
・「青森挽歌」は童話「銀河鉄道の夜」を彷彿させるとの感想が出たが、じっさい、本詩はその童話のモデルになっているようだ。童話では、死者の国に行く人たちを乗せる列車に、そうとは知らずに乗り込んだジョバンニが、列車の中でそれらの人々と束の間の淡い交流を行い、最後には、どこまでも一緒だと思っていたカンパネルラも死者の国に行くために去っていく。生者のジョバンニと死にゆく人たちとの夢幻的な交わりが心に沁みる話だ。「青森挽歌」でも、生者の賢治が死にゆくとし子とさまざまな思いで交わる。どちらにも、死を簡単には受け入れられない者の複雑な思いが錯綜する。
・本詩にもよく理解できない箇所がいくつもあるが、そのうちの一つとして、「わたくしがその耳もとで/遠いところから声をとってきて/そらや愛やりんごや風 すべての勢力のたのしい根源/万象同帰のそのいみじい生物の名を/ちからいっぱいちからいっぱい叫んだとき/あいつは二へんうなづくように息をした」という一節がある。この中の「生物の名」とは何であろうか。それは賢治が信仰する法華経の題目「南無妙法蓮華経」のことではないかという意見が出た。森羅万象を貫く根源的な生命的実在だとされる「南無妙法蓮華経」がこの「万象同帰のそのいみじい生物の名」にほかならないように思われる。「青森挽歌」と連作をなす「オホーツク挽歌」では、「南無妙法蓮華経」の原語であるサンスクリット語の「ナモサダルマプフンダリカサスートラ」が出てくる。ここからも「生物の名」は「南無妙法蓮華経」ではないかと推量される。
・次回は次のものを読む。
「噴火湾(ノクターン)」、「過去情炎」、「冬と銀河ステーション」(pp.84-93)
◆所感(信原)
「青森挽歌」では、賢治は、とし子が死んだあともすぐにはこの世を離れず、賢治たちの側にいたということに強いこだわりを見せる。「わたしがその耳もとで/…/万象同帰のそのいみじい生物の名を/ちからいっぱいちからいっぱい叫んだとき/あいつは二へんうなづくように息をした」と言い、「たしかにあのときはうなずいたのだ/…/わたしたちが死んだといって泣いたあと/とし子はまだまだこの世かいのからだを感じ/ねつやいたみをはなれたほのかなねむりのなかで/ここでみるようなゆめをみていたかもしれない」と言い、さらに「ほんとうにその夢の中のひとくさりは/かん護とかなしみにつかれて睡っていた/おしげ子たちのあけがたのなかに/ぼんやりとしてはいってきた/《黄いろな花こ おらもとるべがな》/たしかにとし子はあけがたは/まだこの世かいのゆめのなかにいて/…/ほかのひとのことのようにつぶやいていたのだ」と言う。
なぜ賢治はとし子が死んだ後もしばらくはこの世にとどまっていたことにそれほどこだわるのだろうか。それが死後にも魂が存続することの証拠になると思うからだろうか。だが、賢治は死後の魂の存続を少しも疑っていないようにみえる。死んだ後もしばらく魂がこの世にとどまるにせよ、そうではなく直ちにどこか別の世界に行ってしまうにせよ、ともかく魂は死後も存続する。そのことを賢治は疑わない。詩の冒頭で「こんなやみよののはらのなかをゆくときは/客車のまどはみんな水族館の窓になる/…/きしゃは銀河系の玲瓏レンズ/巨きな水素のりんごのなかをかけている/…/けれどもここはいったいどこの停車場だ」と述べた後、しばらく列車の旅の様子を描いてから、「あいつはこんなさびしい停車場を/たったひとりで通っていったろうか/どこへ行くともわからないその方向を/どの種類の世界へはいるともしれないそのみちを/たったひとりでさびしくあるいて行ったろうか」と言う。賢治にとって、とし子が死後にどこへ行くかはわからないにせよ、どこかに行くことは確実なことなのだ。
賢治がとし子の魂が死後もしばらくこの世にとどまったことにこだわるのは、やはり「松の針」や「無声慟哭」のように、賢治がまだ、どこへ行くとも知れぬとし子の死後の魂に生者として付き添うことができなかったからではないだろうか。賢治の魂はこの世の修羅の思いにとらわれて自由に飛翔することができない。だから、無上道に旅立ったとし子の魂についていけないのだ。それゆえ、賢治は、とし子の魂がどこか遠くへ行ってしまわずに、この世にとどまっていてほしいと願わずにいられないのだ。
しかし、その一方で、賢治はとし子が無上道に進むことを心から願う。死んですぐ後のとし子が見ていたはずのこの世の夢について、「そしてわたしはそれらのしずかな夢幻が/つぎのせかいへつづくため/明るい匂いのするものだったことを/どんなにねがうかわからない」と言う。とし子の魂がこの世にとどまってほしいと思いながらも、次の無上道の世界に行ってほしいとも願う賢治の複雑な思いは、詩の最後にも痛切に示されていると思う。「《みんなむかしからのきょうだいなのだから/けっしてひとりをいのってはいけない》/ああ わたしはけっしてそうしませんでした/あいつがなくなってからあとのよるひる/わたしはただの一どたりと/あいつだけがいいところに行けばいいと/そういのりはしなかったとおもいます」。
出席者:信原、米倉、染谷、松村、七沢
・今回は、「マサニエロ」「永訣の朝」「松の針」「無声慟哭」(pp.55-67)を読んだ。
・「マサニエロ」では、リアリティの希薄さが感じられるが、それは妹トシの死の一ヶ月ほど前の死であることを考えると、あえて現実から距離をとってリアリティを希薄化しているのではないかと思われた。
・「永訣の朝」は妹の詩を目前にした悲痛の極みの詩だが、詩人はそのような極限的な状況にあってもなお詩を書こうとするものなのだろうか、という驚きの声があがった。詩人とはどんな人間なのだろうか。詩を書くとはどのようなことであろうか。詩人にとって詩を書くということは、日々の生活の中で何か特別なことではなく、日々、生きることがそのまま詩を書くことなのかもしれない。おのずと呼吸し、ものを食べ、眠るように、おのずと詩が紡ぎ出されるのではないだろうか。それは妹の死という極限的な状況にあっても変わらない。いや、むしろ、極限的な状況であればあるほど、詩の言葉は否応なく溢れ出てくるのではないだろうか。詩を書こうとして詩を書くのではない。詩は呼気や汗のように、状況に応じておのずと滲み出してくるのだ。詩人にとって詩を書くとはそのようなことではないか、という話に落ち着いた。
・「永訣の朝」は芸術作品として極限的な高みに達しているが、それに比べて「松の針」と「無声慟哭」は妹の詩が迫る同じ日の同じ状況を描きながらも、賢治の人生的な思いが滲み出ていて、その点で芸術性がやや劣るのではないかという意見が出た。これを機に、芸術とは何か、芸術はどう評価されるべきかという議論になった。芸術の価値は一言で言うなら、美だと言ってよいであろうが、では美とは何か。美はたしかに道徳的な善や個人的な幸福(ウェルビーイング)、宗教的な神聖さとは異なる価値であろう。しかし、美は善や幸福、神聖さとは交わらない独立した価値であろうか。そうであれば、美にそのような異なる価値が混入することは、美を不純なものへと堕落させることになろう。純粋芸術と言われるものはまさに不純な美を排して、純粋な美を求めるものではないか。しかし、美は本当に善、幸福、神聖さのような他の価値から独立した、それ独自の固有の価値をもつものだろうか。そうではなく、そのような他の価値と相互浸透し、融合するものではないだろうか。そうだとすれば、美の評価はそのような融合した全体がどう評価されるかということから切り離されえないだろう。そしてそのような全体の中で美がどんな役割を担っているかという観点から、美の評価はなされるべきであろう。美と他の諸価値の独立性と融合性の論争は、容易に決着がつかなかったが、そもそも容易に決着がつくような問題ではないだろう。むしろ、議論が深まったこと自体が大きな収穫であった。
・次回は次のものを読む。
「青森挽歌」(pp.67-84)(テキストには掲載されていないが、できれば「オホーツク挽歌」も読んできてほしい)
◆所感(信原)
昨年のパリ五輪で、阿部詩は柔道二回戦で一本負けし、大声をあげて泣き崩れた。大の大人がまるで幼い子供のように、これほどまでに泣くことができるものなのだろうか、と少し不思議に思いながらも、尋常ならざる興奮を覚えつつ、その姿にしばし見入った。そのとき、ふと頭に浮かんだのが「有声慟哭」という言葉だった。賢治の「無声慟哭」の詩を読んでいたので、それからの連想であった。無声慟哭は声をあげて泣く慟哭よりもさらに悲痛な慟哭だろうと思っていたが、阿部詩の有声慟哭を見ていると、そうも言えないような気がしてきた。
そもそも賢治の無声慟哭は、阿部詩の有声慟哭とはまったく質の違うもののようだ。阿部詩の有声慟哭は純粋な悲しみを何の抑制もかけずにそのまま表に出したものであった。その悲しみはそれに拮抗するいかなる感情も混じらない、ただただ悲しいだけの悲しみであり、その表出はそれを妨げるいかなる力も働いていない、ただただ溢れ出るだけの表出である。しかし、賢治の無声慟哭はそうではない。それは純粋にはなれない悲しみを、それゆえに屈折してしか表出しえない仕方で、表に出したものであった。
「無声慟哭」の詩はまず冒頭で「こんなにみんなにみまもられながら/おまえはまだここでくるしまなければならないのか」と妹の死の苦しみを描く。しかし、それに続いて「ああ巨きな信のちからからことさらにはなれ/また純粋やちいさな徳性のかずをうしない/わたくしが青ぐらい修羅をあるいているとき/おまえはじぶんにさだめられたみちを/ひとりさびしく往こうとするのか」と嘆く。熱に喘ぎながらも運命を受け入れて静かに死んで往こうとする妹をまえにして、修羅を生きる兄は、しかしながら、魂だけでも妹とともに死の道を歩んでいこうとすることさえできないのだ。彼の内なる修羅はそのような妹の死への純粋な悲しみを許そうとしない。「《それでもからだくさえがべ?》」と言う妹に対し、「そんなことはない/かえってここはなつののはらの/ちいさな白い花の匂でいっぱいだから」と心で応えつつも、「ただわたしはそれをいまは言えないのだ/(わたくしは修羅を歩いているのだから)/わたくしのかなしそうな顔をしているのは/わたくしのふたつのこころをみつめているためだ」と心で思う。そして「ああそんなに/悲しく眼をそらしてはいけない」と、妹をまっすぐ見ることのできない自分の心の中の暗い修羅を嘆く。何という「不純な」悲しみだろう。しかし、それゆえにこそ、何という深い陰影に富んだ人間的な悲しみであることか。
出席者:信原、米倉、染谷
・今回は、「林と思想」「青い槍の葉」「報告」「岩手山」「高原」「原体剣舞連
」(pp.46-55)を読んだ。
・「林と思想」では、自分の考えが林のほうに流れていって溶け込むという描写がなかな
か印象的であった――「蕈のかたちのちいさな林があるだろう/あすこのとこへ/わたしの
かんがえが/ずいぶんはやく流れて行って/みんな/溶け込んでいるのだよ」。精神疾患
では、自分の思考が自分から漏れ出て他の人に伝わってしまうと思い込む「思考伝搬」と
よばれる症状があるが、この詩では、そのような病的なことではなく、自分の考えの流れ
込む先と自分との融合・一体感がうたわれているようだ。
・「青い槍の葉」はじつにリズミカルな詩だ。「(ゆれるゆれるやなぎはゆれる)」とい
う句が何度もリフレインされ、詩全体に通底音としてのリズムを与えている。しかも、そ
れだけではなく、「雪は来るくる南の地平」、「鳥はなく啼く青木のほずえ」、「雲はく
るくる日は銀の盤」、「りんと立て立て青い槍の葉」と、リズミカルな句が随所に散りば
められている。まるで「ゆれるゆれるやなぎはゆれる」のリズムがすべての存在を貫き、
それに応じて各存在がそれ固有のリズムを奏でているかのようだ。また、「気圏日本のひ
るまの底の泥にならべるくさの列」と言われているのは、ただの草の列ではなく、田植え
で植えられた稲の苗の列ではないかという解釈が出され、なるほどと頷きあった。
・「報告」については、ただの報告で、詩らしくないという意見が出たが、それに対して
現代芸術の革新的な試みに匹敵するような斬新な詩だという応答がなされ、そもそも芸術
とは何かという議論にまで発展した。
・「岩手山」では、賢治が愛してやまないはずの岩手山が「ふるぼけて黒くえぐるもの
」、「きたなくしろく澱むもの」という負のイメージで描かれているのはなぜかという疑
問が出たが、それはおそらく岩手山の圧倒的な存在感を力強く表現するためだろうという
理解で落ち着いた。
・「高原」は、方言で書かれているが、方言のもつニュアンスや力を知らないものにとっ
ては、やはり心に響くように感じ取ることは難しい詩であった。
・「原体剣舞連」では、「dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah」という囃しに乗って勇壮
かつ重厚に舞う剣舞の姿が宇宙大の拡がりでもって深淵かつ崇高にうたわれる――「こんや
異装のげん月のした/鶏の黒尾を頭巾にかざり/片刃の太刀をひらめかす/原体村の舞手
たちよ」。この剣舞は生贄と鎮魂を求めてやまない生命の根源的な姿を映し出す――「太刀
は稲妻萱穂のさやぎ/獅子の星座に散る火の雨の/消えてあとない天のがわら/うつも果
てるもひとつのいのち」。言葉は難解だが、意味などにこだわらず、ただひたすら繰り返
し読んで、何度も何度も心に響かせたい詩であった。
・次回は次のものを読む。
「マサニエロ」「永訣の朝」「松の針」「無声慟哭」(pp.55-67)
◆所感(信原)
原体剣舞連は、平穏に静かに生きることのできない生命の宿命的な姿を「必然の相」の
もとで描いているようだ。私たちの命は否応なく荒ぶり、他の命と戦い、犠牲となり、や
がて鎮まる。命の必然に翻弄される人間の姿は哀れだが、その哀れさを必然として達観す
る人間の心は気高い。人は哀れを気高く生きる。哀れに飲み込まれるのでもなく、哀れを
突き放して傍観するのでもなく、哀れに生きざるをえないことを達観しつつ、哀れのうち
に生きる。原体剣舞蓮はこのような命の必然性を重厚に気高く、そうでありながら軽やか
に描き出す。囃しに乗って踊る剣舞には、そのような重厚さと軽快さが分かちがたく結び
ついた命の本然の姿が幻想的に浮かび上がるのだ。
出席者:信原、七沢、染谷
(信原と米倉は、5月29日に茗荷谷で会って、1時間ほど小岩井農場の詩について語り合
った)
・今回は、「小岩井農場パート一、パート九」を読んだ。
・「小岩井農場」はテキストには収録されていないパート二~パート八を含めて、盛岡の
停車場から小岩井農場に向かう道中および小岩井農場の中の光景が全体的にのどかで明る
く描かれているが、その一方で深い寂しさとそれによって湧き起こる幻想も描かれていて
、春を基調としつつも修羅がその底流に横たわっている。やはり春と修羅の重層構造が見
られるのだ。
・パート一では、冒頭で「わたしはずいぶんすばやく汽車からおりた/そのために雲がぎ
らっとひかったくらいだ/けれどももっとはやいひともいる/化学の並川さんによく肖た
ひとだ」と言われ、軽く明るい調子で始まる。そしてこの化学の並川さんによく肖た人が
馬車に乗り、自分はその横を歩くが、そのとき「わたしにも乗れといえばいい/馭者がよ
こから呼べばいい」と言うに及んで、軽快さが極まるように思われる。とはいえ、最後の
ほうでは、「それよりもこんなせわしい心象の明滅をつらね/すみやかなすみやかな万法
流転のなかに/小岩井のきれいな野原や牧場の標本がいかにも確かに継起するということ
が/どんなに新鮮な奇跡だろう」と、明るさのなかにも重厚な調べが漂ってくる。「心象
の明滅」は『春と修羅』の「序」の冒頭の「わたしという現象は/仮定された有機交流電
燈のひとつの青い照明です/(あらゆる透明な幽霊の複合体)/風景やみんなといっしょ
に/せわしくせわしく明滅しながら/いかにもたしかにともりつづける/因果交流電燈の
ひとつの青い照明です」を想起させる。
・パート九では、明るくのどかな光景ではなく、寂寥と幻想が支配的になり、「《幻想が
向うから迫ってくるときは/もうにんげんの壊れるときだ》/…/ユリア ペムベル わ
たしの遠いともだちよ/わたしはずいぶんしばらくぶりで/きみたちの巨きなまっ白なす
あしを見た/どんなにわたしはきみたちの昔の足あとを/白堊系の頁岩の古い海岸にもと
めただろう/《あんまりひどい幻想だ》」と言われ、「どうしてもどうしてもさびしくて
たまらないときは/ひとはみんなきっと斯ういうことになる」と寂しさが幻想を生むと述
べる。そして幻想について「もう決定した そっちへ行くな/これらはみんなただしくな
い/いま疲れてかたちを更えたおまえの信仰から発散して酸えたひかりの澱だ」と言い、
寂しさについても「もうけっしてさびしくはない/なんべんさびしくないと云ったとこで
/またさびしくなるのはきまっている」と言う。しかし、そう述べてすぐ、「けれどもこ
こはこれでいいのだ/すべてさびしさと悲傷とを焚いて/ひとは透明な軌道を歩む」と何
とか上を向く。そして最後は「ラリックス ラリックス いよいよ青く/雲はますます縮
れてひかり/わたしはかっきりみちをまがる」と希望をにじませて終わる。
・小岩井農場の詩は、明るい春だけでなく、暗い修羅も描くが、この修羅は聖なるものに
憧れつつも俗なるものに惑わされてしまうような精神的葛藤であり、政治権力や社会正義
に関わる苦悩ではない。小岩井農場は財閥の岩崎弥之助の出資によって設立されたが、賢
治はそのような財閥の力によって農場が設立されたことへの批判的な眼差しを欠いており
、かなり能天気に小岩井農場をうたいあげているのではないか。このような見方も出され
た。
賢治は家業の質・古着商を貧しい人からの搾取として恥じ、また農民の苦しい生活を憐れ
んでその改善に情熱を傾けるという面をもつが、それが政治権力や資本主義への根本的な
批判につながらないのかどうかは、よく見ていく必要があろう。
・次回は次のものを読む。
「林と思想」「青い槍の葉」「報告」「岩手山」「高原」「原体剣舞連」(pp.46-55)
◆所感(信原)
小岩井農場のパート九では、宗教的情操と恋愛・性慾の対比が語られるが、この対比は
春と修羅の重層性の一つと言ってよいであろう。まず、宗教的情操が気高く描かれる。「
この不思議な大きな心象宙宇のなかで/もしも正しいねがいに燃えて/じぶんとひとと万
象といっしょに/至上福祉にいたろうとする/それをある宗教的情操とする」と。そして
恋愛は「そのねがいから砕けまたは疲れ/じぶんとそれからたったもひとつのたましいと
/完全そして永久にどこまでもいっしょに行こうとする/この変態を恋愛という」と述べ
られる。つまり恋愛は、正しい願いに燃えて万象と一緒に至上福祉に至ろうとする神聖な
歩みに疲れてしまったときに生じるものであり、自分ともう一つの魂だけと一緒に行こう
とする「変態」だと言われる。さらに性慾は「決して求め得られないその恋愛の本質的な
部分を/むりにもごまかし求め得ようとする/この傾向を性慾という」と述べられる。つ
まり性慾は、二人だけで完全かつ永久に一緒に行こうとする恋愛の本質的部分を無理に、
そしてごまかして、得ようとするものだと言うのである。
賢治は宗教的情操を崇高なものとして讃えながら、恋愛・性慾を俗悪なものとして蔑視
するようだが、世俗的な恋愛・性慾が昇華されて純粋で高貴な恋愛・性慾になる可能性を
認めたりはしないのであろうか。妹トシへの愛情は、「永訣の朝」でうたわれるように、
通常の兄妹愛をはるかに超えて、ともに究極の真理へと向かう同胞としての愛へと高まろ
うとしている。恋愛・性慾にもそのような崇高なものへの昇華はありえないのだろうか。
賢治は恋愛・性慾にはそのような昇華を描こうとしないが、そこからすると、おそらくそ
れはありえないと見ているのであろう。崇高な宗教的情操と恋愛・性慾は、賢治において
は、あくまでも別個のものであり、交わることがないもののようだ。
出席者:信原、七沢、米倉
・今回は、「陽ざしとかれくさ」「雲の信号」「休息」「蠕虫舞手」を読んだ。
・「陽ざしとかれくさ」は、やはり意味内容はよくわからないが、リズミカルな語音の流れがじつに気持ちよい詩であった。「わをかく わを描く からす」や、「(これはかわりますか)/(かわります)」の括弧付き表現のリフレインなど、新鮮な音の響きがじつによい。が、そうでいて、「(これはかわりますか)/(かわりません)」と言うと、一転して「(そんなら おい ここに/雲の棘をもって来い はやく」と調子がガラリと変わる。メリハリもある詩であった。
・「雲の信号」は、じつにすがすがしい。冒頭の一句がそもそも「ああいいな せいせいするな」である。「岩頸だって岩鐘だって/みんな時間のないころのゆめをみているのだ」と謳われる。悠久の時を経て形成される岩頸や岩鐘が見る「時間のないころのゆめ」とは、あくせく生きる人間が「駆り立てられる時」から一挙に悠久の時へと飛翔する、その「せいせいさ」を、宇宙大の規模で表しているように感じられる。本当に「せいせいする」。
・「休息」は、題名どおり、ゆったりと流れる時間のなかの静かな安らぎを感じさせてくれる詩だ。「からだを草に投げだせば/…/このかれくさはやわらかだ/極上のクッションだ」。そして言葉遊びも飛び出す。「あくびをすれば/そらにも悪魔もでて来てひかる」。何というのどかさだろう。さらに賢治らしい無機物を使った形容、すなわち「ぶりき細工のとんぼが飛び」や「底びかりする鉱物版だ」も出てきて、多彩な光景に一つの独特な彩りを与えている。
・「蠕虫舞手」は、少し長い詩だが、蠕虫(ぼうふら)が水中で泳ぐ様子を踊り(舞い)に見立てて、軽やかに謳う。そのぼうふらの舞いは「(ええ 8 γ e 6 α/ことにもアラベスクの飾り文字」というように、文字の形と音(エイト ガムマア イー スィックス アルファ)で華麗に描かれる。だが、たんに赤い小さなぼうふらが水と光をまとって華やかに踊る光景を描くだけではなく、「真珠の泡を苦にするのなら/おまえ[ぼうふら]もさっぱりらくじゃない/…/それに第一おまえのかたちは見えないし/ほんとに溶けてしまったのやら/それともみんなはじめから/おぼろに青い夢だやら」と陰影も加える。それがこの詩に深い重みを与えているように感じられる。
・次回は次のものを読む。
「小岩井農場 パート一 パート九」(pp.32-46)
◆所感(信原)
「蠕虫舞手」はぼうふらが水中で泳ぐ様子をきらびやかな舞いとして明るく軽やかに描くとともに、それだけでなく「おぼろに青い夢だやら」とぼうふら(「ひいさま」とよぶ)の実在性に疑いも向ける。その疑いにたいして「(いいえ あすこにおいでです おいでです/ひいさま いらっしゃいます/8 γ e 6 α/ことにもアラベスクの飾り文字)」と声が答えるが、それにも嘲笑気味に応じる。「ふん 水はおぼろで/ひかりは惑い/虫は エイト ガムマア イー スィックス アルファ/ことにもアラベスクの飾り文字かい/ハッハッハ」。
なぜぼうふらの泳ぎを明るい舞いとしてだけでなく、はかない夢幻としても描こうとするのだろうか。この重層性は何に由来するのであろうか。それはこの詩集『春と修羅』の主題である「春」と「修羅」の重層性に由来するように思われる。賢治にとって、明るい「春」の下層には必ず暗い「修羅」があり、暗い「修羅」の上層にはつねに明るい「春」がある。この「春」と「修羅」の二重性を「蠕虫舞手」は一見、華麗で軽やかなぼうふらの舞いに託して描き出しているように思われる。
出席者:信原、染谷、米倉
・今回は、詩では、予定通り「屈折率」「くらかけの雪」「日輪と太市」「コバルト山地」「恋と情熱」「春と修羅」を扱ったが、童話では、予定の「どんぐりと山猫」をまったく扱えなかった。そのため、今後は、詩だけを扱うこととし、童話は取り上げないことにした。ただし、この童話を読みたいという希望が出れば、その都度、それを取り上げることにした。
・今回、読んだ詩の中では、「春と修羅」が他の詩よりもはるかに長く、しかも詩集のタイトル『春と修羅』にもなっているようにとても重要なので、感想・議論はこの詩が中心になったが、他の詩も順に検討していき、いろいろな感想・意見が出た。
・「屈折率」では、前半の明るい光景と後半の陰気な光景のコントラストが春と修羅の対比に相当するかもしれないとの感想が出た。「くらかけの雪」では、あてになるものがほとんどない不安な世界の中で、それでも最後に「ほのかなのぞみを送るのは/くらかけ山の雪ばかり」と謳われていて、「屈折率」での陰気な修羅への沈下とは逆方向の明るい春への上昇が感じられた。「日輪と太市」では、日輪も雲におおわれていく銀色のぼんやりした世界の中で、太一の赤いズボンのその赤さが鮮明な輝きを放っているのが、一枚の静止画のような印象的であった。「コバルト山地」では、深い青のコバルト山地に朝の太陽が登っていく光景が「せいしんてきの白い火が水よりも強くどしどしどしどし燃えています」と動画的に描かれ、神聖な霊気の漂う感じがして素晴らしかった。「恋と病熱」では、疾んだ魂を抱える自分と、病熱に苦しみながらもそれを「透明薔薇の火に燃やされる」という魂の昇華として経験する妹とを対比させながら、自分の修羅の苦悩が率直に謳われる。
・「春と修羅」では、春と修羅という二つの心象風景が重なり合って存在する「二重の風景」が描かれ、春の風景を降っていくとそこに修羅の風景が立ち現れ、修羅の風景を昇っていくと春の風景が立ち現れる。春と修羅は、ニーチェの「アポロン的なもの」と「ディオニュソス的なもの」と同様に、互いが互いを内包する相互浸透的なあり方をしており、けっしてそれぞれが純粋・単一なものとして互いに排除し合う関係ではないようだ。なお、賢治は自分が修羅だとたんに言うだけではなく、「おれはひとりの修羅なのだ」と宣言しているように思われるという指摘があり、興味深いポイントであった。
・また、この詩の中で、糸杉を表す「ZYPRESSEN」というドイツ語が三度急所で使われているが、明るい光景の中にまっすぐ天に向かって立ち並ぶ糸杉の崇高な姿と、葉が密集して暗さを漂わせる陰鬱な姿が二重映しになっており、春と修羅の二重性を象徴するかのようだ。このZYPRESSENはゴッホの糸杉の絵から影響を受けているのではないかという意見が出たが、読書会後の調べで、賢治はゴッホの絵から強い影響を受けていることがわかり、おそらくそうだろうと推測される。ゴッホの影響という視点は賢治の詩を読むうえで重要な視点になりそうだ。なお、このZYPRESSENという語はそのドイツ語の音が鳥の鳴き声を思わせる面もあり、賢治の詩がたんに光と色の交響曲であるだけではなく、音も加えた交響曲、いやむしろ五感すべてを取り込んだ交響曲であることを強く感じさせる。
・カントは美を「目的なき合目的性」と捉えたが、これは、悟性が世界を目的(有機的秩序)のあるものとしてカテゴリー的に捉えるのにたいし、構想力がそのような悟性のカテゴリー的把握を下準備するような世界のある種のまとまりを示すと見ることから着想されている。すなわち、美とは、まだ目的を当てはめてはいないが、何らかの目的が当てはめられることが約束されている構想力の世界であり、それを「目的なき合目的性」と表現したものである。賢治の詩が描く世界はまさにこの「目的なき合目的性」としての五感交響曲であるように思われる。彼の詩が「よく理解できない」のも、悟性的な目的(有機的秩序)が立ち上がる手前の構想力的な世界を、おのずと立ち上がってしまいそうになる悟性的な目的(有機的秩序)を壊すことによって謳ったものだからではないだろうか。
・次回は次のものを読む。
詩:「陽ざしとかくれなさ」「雲の信号」「休息」「蠕虫舞手」(pp.24-32)
◆所感(信原)
「春と修羅」は、明るい春の光景の底で暗い修羅の道を生きる自分の姿を描くが、そのような流れの中で一人の農夫が後半に登場する。この農夫の登場はやや唐突な感じがする。それはこの詩の全体の流れの中でどんな位置を占めるのだろうか。「けらをまといおれを見るその農夫/ほんとうにおれが見えるのか」と謳われるが、「ほんとうにおれが見えるのか」というのはどういう意味だろうか。
「おれを見るその農夫」と言われているので、農夫は自分のほうを見ている。しかし、それでも農夫には自分が見えないというのは、おそらく修羅である自分が見えないということであろう。賢治は修羅だ。しかし、その修羅は賢治の内面奥深くに隠れていて、外からは見えない。あるいは、少なくとも、農夫のような平凡な人には見えない。
しかし、「ほんとうにおれが見えるのか」の一節は、たんに修羅であることが外から見えないと言っているだけでなく、怒りがそこにこめられているように思われる。なぜおれが修羅であることが見えないのか。おれは修羅なのだ。ちゃんと見ろ。しかし、この怒りはたんに修羅であることが見えない農夫の凡庸さにたいする怒りではなく、むしろ修羅であることを隠そうとする自分への怒りであるように思われる。修羅は賢治の内面奥深く隠れている。彼は修羅の自分に気づいているが、それでも気づかないふりをしようともする。賢治は自分の修羅を人にたいしてだけでなく、自分にたいしても隠そうとしているのだ。
賢治はこの詩のなかで「おれはひとりの修羅なのだ」と何度も繰り返す。それはこの自己欺瞞を断ち切るためではないだろうか。修羅であることを隠蔽しようとする自分にたいして、自分は修羅なのだと言い聞かせ、修羅の自覚を確固たるものにしようとしている。修羅であることは逃れられない。どれほど明るい春の光景のなかにも、その底に修羅の自分がいる。「四月の気層のひかりの底を/唾し はぎしりゆききする/おれはひとりの修羅なのだ」。しかし、修羅の苦悩は昇華できる。修羅を自覚することこそ修羅の苦悩を昇華させる唯一の道なのだ。そう賢治は思ったのではないか。
出席者:信原、七沢、染谷、米倉、松村
・今回は、詩では、「序」「屈折率」「くらかけの雪」「日輪と太市」「コバルト山地」「恋と情熱」、童話では、「どんぐりと山猫」を取り上げる予定だったが、「序」だけで多くの感想、解釈、意見が飛び交い、他の詩と童話にはほとんど進めなかった。
・「序」はなかなか難解で、ごく表面的な意味を理解するのさえ、困難な箇所が多かった。しかし、子どもの頃に夢中になって賢治を読んでいたときには、あまり意味にはこだわらず、リズムと音の響きだけで夢中に読めたし、今回、大人になって改めて読んでも、やはりそうだとの感想も出た。
・じっさい、童話集『注文の多い料理店』の「序」で、賢治自身が「なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたしにもまた、わけがわからないのです」と言っており、賢治の弟の静六も、兄の詩を読むときは、あまり意味にこだわらないほうがよいと言っている。
・『春と修羅』の「序」では、「交流電燈」「沖積世」「気圏」「白亜紀」「第四次延長」などの科学用語やそこから連想される用語が多用されており、賢治の詩は科学的な精神を織り込んだもの(科学と文学の融合)であることがよくうかがえる。
・また、科学用語を含む語彙の多彩さに加えて、同じ語でも、漢字で書いたり、平仮名で書いたり、また漢字に巧妙なルビを振ったり、とじつに細やかな印象を醸し出そうとしているところが面白い。
・「序」の冒頭の「わたしという現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です/(あらゆる透明な幽霊の複合体)」は、いきなり読者を仏教的な存在論へと引き込み、「せわしくせわしく明滅」と刹那滅の自己を示す。「青い」という言葉は非日常の世界を開示するときに賢治がよく使う言葉のようだという指摘もあった。
・賢治は自分の詩を「詩」とよばず「心象スケッチ」とよぼうとし、「序」にも「かげとひかりのひとくさりずつ/そのとおりの心象スケッチです」とこの表現が使われているが、賢治にとって、空、雲、日、月、星、川、山、風など、どんな外の世界を描いても、それらはすべて心に浮かんだ風景であったようだ。
・次回は、今回が「序」だけだったので、残ったものも含めて次のものを読む。
@詩:「屈折率」「くらかけの雪」「日輪と太市」「コバルト山地」「恋と情熱」「春と修羅」(pp.16-23)
@童話:「どんぐりと山猫」
◆所感(信原)
賢治は自分の詩を「詩」ではなく「心象スケッチ」がよぼうとするが、彼の言う「心象スケッチ」とはどのようなものだろうか。それはたしかに、心の外に実在する客観的な風景ではなく、賢治の心に映じた風景であろう。しかし、いわゆる主観的な印象ではないようだ。賢治は『春と修羅』の「序」でこの詩集に収めた詩を「(すべてわたくしと明滅し/みんなが同時に感じるもの)」と言う。つまり、彼の詩は彼の心に映じたものであるとともに、みんなの心にも映じるものなのである。それは客観的ではないが、主観的でもない。いわば間主観的なのである。
しかし、人の心は人それぞれである。したがって、心に映じるものは人によって異なるのではないか。そうだとすれば、賢治の詩は賢治の心という一つの独特なあり方をした心に映じた世界であるから、誰の心にも映じるものだとは言えないのではないか。
たしかに、人の心が人それぞれだと言っても、心に映じるものには共通部分があると言えよう。黄色いバナナを見れば、誰にでも黄色く、三日月型に、そしてバナナに見える。しかし、自分の詩を「みんなが同時に感じるもの」と言うとき、賢治がそんな平凡なことを言っているはずはないだろう。もし賢治の詩がみんなの心に映じるそのような共通部分を描いているのにすぎないなら、彼の詩はまったくつまらないものであろう。
では、賢治の言う「心象スケッチ」は、どのような意味で「みんなが同時に感じるもの」なのだろうか。それはみんなが感じながらも、それに気づかずにいるものではないだろうか。満天の星を見上げれば、その崇高な美しさは誰の心にも映じるはずだ。しかし、多くの人はそのことに気づかない。星がたくさんあるなあ、ということくらいしか気づかない。しかし、賢治は星の崇高な美しさが自分の心に映じるだけではなく、そのことに気づいている。だからこそ、その美しさを詩で謳い上げ、それによってみんなの心にも映じているものをみんなに気づかせようとしているのではないか。そのように思われる。
しかし、ここでもう一つ、疑問が起こる。賢治の心象スケッチは、たしかに彼の心に映じたものであろうが、はたして彼の心の中にあるものなのであろうか。それは彼の眼のまえに広がっている世界ではないのか。たしかにそれは彼の心の外にある客観的世界ではない。しかし、だからといって、彼の心の中にある主観的な世界でもない。心の中と外という区別がもはや意味をなくしているのではないだろうか。賢治の心象スケッチは彼の心であると同時に世界でもある。それはみんなが感じるものであるから、みんなの心であると同時に世界でもある。そのような心即世界であるようなものを賢治の詩は謳っているのではないだろうか。そのように思われる。
出席者:信原、七沢、染谷、米倉、松村
・全員、自己紹介を行うとともに、賢治への思いをそれぞれ熱く語り合った。
・本読書会は毎月一回、第四金曜の11:00-13:00に行うことにした。
・テキストは、中村稔編『新編 宮沢賢治詩集』(角川文庫)と宮沢賢治『注文の多い料
理店』(角川文庫)とし、毎回、詩を数編、童話を一編、取り上げて読んでいくことにし
た。レジメは作らず、各人が自由に所感を述べ合い、また問題提起をして議論し合うとい
う方式で行うことにした。
・次回の2月28日(金)に取り上げるのは次の作品である。
@詩:「序」「屈折率」「くらかけの雪」「日輪と太市」「コバルト山地」「恋と情熱」
(『新編 宮沢賢治詩集』pp.11-19)
@童話:「どんぐりと山猫」(『注文の多い料理店』pp.10-24)